はじめての時代小説を出させていただくことになりました。 わたしは従来ホラーミステリー作家といわれてきました。 けれども「藩医 宮坂涼庵」はホラーがかった時代物ではありません。 書きたいと思うに至ったきっかけは二つあります。 一つは食文化学者日下部遼シリーズの取材で一ノ関におもむき、江戸時 代の医師建部清庵の存在を知ったことです。 この人物はかの有名な杉田玄白と交友があり、的確な西洋医学批判など、玄白にひけをとらない見識と外科医としての医術の腕前を持ちながらも江戸へ出て名をあげようなどとは考えませんでした。 ゛遂げずばやまじの 魂゛といいつつ、生涯を寒冷で飢饉の多い故郷の地に捧げたのです。 そして彼の偉業を物語っているのが著した「備荒草木図」なのでした。 これは飢饉にそなえて植えた方がいい果樹―栗、柿、桑、なつめなど のことや、山野草の食べ方を記したもので、たとえばワラビ粉は塩と一 緒に摂らないと頭髪が抜け、足が立たなくなり、いずれ命を失うなどという内容が書かれています。つまりノビルには毒があるというのも含めて、飢饉下では現在のわたしたちの想像を絶するほど、人間は体力を失い、山野草のアクさえも命取りになったという事情が窺われます。 わたしはこの著に惹かれました。 さらにこれを書かずにはいられなかった゛やまじの魂゛の大きな優しさ と固い信念に惹かれました。 そしていつしかこの建部清庵をモデルにした話を書いてみようと思いは じめたのです。 けれどもわたしは一度も時代小説を書いたことがありません。 自分にできるのかとやはり不安でした。 それでも書きたいという気持ちは強く、それに押されるようにして、山 本周五郎の「赤ひげ」を再読しました。 山本周五郎作品は中学時代のわたしの愛読書でもありました。 特に「赤ひげ」には深い感銘を受けていたのです。 この「赤ひげ」に賭けました。 これを読んで違和感を覚えるようなら、書くのは諦めるしかないと思っ たのです。 ところが「赤ひげ」は再度わたしを魅了して虜にしたのです。 そして次にはもうわたしなりの゛東北の赤ひげ゛を書きはじめていたの です。 ですからこれを書いたきっかけの二つ目は「赤ひげ」ということになり ます。
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(C)Hatsuko Wada Since Febrary,2002 =Alexandrite=