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 和田のひとりごと 

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「グレイズ・アナトミー〜恋の解剖学〜」 2006/01/12

 ERをとっくの昔に抜いて全米トップの人気医者シリーズの第一回目です。

 主人公は有名な女性外科医の娘メレディスでインターン一年生。ERとの違いは何といってもヒーローではなくヒロインである こと、上司の半数以上が黒人であることです。
ERでは黒人の若手医師が屈折した心理をのぞかせていましたが、グレイズ・アナトミーでは、まあ、もう、医師になって逆境から 這い出た、出世したというようなお話はないようですね。
カーターみたいな大金持ちの医者も出てこないし、いかにも美人!!の白人や中国系の女医も出てきません。

  ああ、時代は流れたのだとしみじみ感じました。
―ERがはじまってから、もうかれこれ十年、向こうでは十五年ぐらいでしょうか―…そこそこの容姿の人たちが演じている、 だからこそ卑近に感じられるドラマに期待です。

  

古畑任三郎ファイナル3話 2006/01/06

 とうとうファイナルのスペシャル3話を見ました。

  藤原達也、石坂浩二組が犯人の1話は設定が横溝プラス環境問題でこむずかしい印象。
あのイチローが犯人を演じる2話は 「イチローすてき、それに演技上手い!」が先で犯行の理由が兄弟愛というお涙は古畑らしくなく、3話の松島菜々子が双子の 姉妹を演じたのが、動機もトリックも凡庸でよくある話ではありましたが、胸にしみるものがありました。

  最後のラストダンスのシーンに 象徴されるように田村正和という人は女性を相手に輝く人なのだと改めて思いました。犯人が男だと1時間の連続ものはまあまあ いけても、スペシャルとなるといまいちが目立つのです。
そういえばかのリチャード・ギアもそうですから、この手の色男の宿命 なのかもしれません。そして、古畑任三郎、ここいらがほどよい打ち止めかもしれませんね―。

 そろそろ新顔のこの手が出てくる頃なのでしょう……。

  

ドラゴン桜を見て読む 2006/01/02

 今年流行語ともなった「ドラゴン桜」の再放送がきっかけでコミックをもとめて読みました。
「女王の教室」の方はリアルタイムで見ていたのでパス。来年の「夜王」と「嬢王」のオンエアでもわかるように、近頃は話題性を 持たせるために同様の主張とかテーマのものを一つではなく、二つ、三つと同じ時期にぶつけるのがテレビの常道のようです。

 「ドラゴン桜」も「女王」も知育―究極は受験勉強―の謳歌です。
ことさらに謳歌しなければならないほど、現実の学校は高級レジャーランド化しているということなのだと思います。

 阿部寛は、はじめて「素晴らしい!!」と思わせるキャラでした。この人はクールでリーダーシップのある力強い役がいいのですね。

 ところで、クールで力強いキャラというのは日本人受けしないとされています。
―日本で“クールキャラ”というとハードボイルドっぽい感じか、拗ね者、悪役、“力強い〜〜キャラ”となるとたいていは熱い人情家ということになりますが、 欧米キャラには「クールで力強い〜〜」が多々あります。イーストウッド、トム・クルーズ等の演じる男たちはみんなそうです。異なるのは日本人が大好きな ひたすらいい人のハリソン・フォードぐらい―どうやら日本人は“クール”を感情的にとらえているのではないかと思うのです。
それで“クール”と“力強い〜〜”を同一人物の中には共存しないものと見なすわけですが、“クール”を冷たい性格というのではなく、”論理的”ととらえると “クール”で“力強い〜〜”キャラはしごく当たり前にして魅力的ということになります。 指導者は論理的でなければなりません。

 ともあれ、この手の欧米型キャラが日本の茶の間に受け入れられてきたというのは、画期的なことだと思いました。
その意味では天海祐希の阿久津先生も同様です。 ちなみにコミックは受験のテクが緻密ですが、キャラの深さではドラマの方が勝っているように思いました。

 ところでニートの多い昨今、ドラゴン桜“大学版”というのも望みたいところです。

  

「大奥-華の乱-SP」 2006/01/01

 これは連続だったー大奥・華の乱ーのスペシャルで、すべての謎はここで解かれる、柳沢吉保の懺悔ものです。

  非道なことをした人たちもそれなりに心に傷を負っていたのだ、という落としにもっていくとわかっているので、もとよりわくわく感はありません。 けれども、何日か前のスペシャル河井継二郎のものよりは面白かったように思います。
その理由はテーマがはっきりしていて、しかもミステリー仕立てでそれが繰り返される、という作りの巧みさです。
こうした仕掛けが大胆にできるのも、舞台が史実の少ない大奥だからといってしまえばそれまでですが、逆にいうと資料の少ない大奥でさえできるのだから、 たくさん史実があれば、それらを整理して、面白いエッセンスだけを膨らませてエンターティメントを作ることも可能なのではないかという気もします。

 今の時代ドラマが陥っているのは、史実があって、有名な歴史上の人物が出てくると、ついその人を重く扱ってしまう、それで話がさっぱり面白くなくなる、 という悪循環なのではないかと思います。
この方法は信長、秀吉、家康と歴史上の有名人が超がつくほと有名な戦国時代には通じても、幕末や明治にはまるで役に立ちません。 有名人は数が多く、しかも出来事は複雑、煩雑の極みだからです。

 近世、近代という舞台で面白い時代ドラマを作るには有名人を名脇役ぐらいにもっていって、主人公は架空の人物ぐらいに徹底しないとだめだと思うのです。
まさに「ラスト・サムライ」の作りはそれですね。そしてフジの「大奥」もそうなのです。
どちらも視聴者の心に訴えたいのは、時代に生きた実在の有名人の箸の上げ下ろしなどの瑣末なことではなく、現代にも通じる普遍の真実や人間性の深淵に ついてなのです。

 こうした面白い時代ドラマをもっと見たいものだと思っています。