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 和田のひとりごと 

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ウルトラマン ネクサス 2005/01/19

これは土曜の朝に放送されている子ども向きの番組で、出てくるのはほとんど無名の美青年、美少年、美女、美少女と怪獣と正義のウルトラマン、悪魔に魂を売った悪玉ウルトラマンです。
円谷一夫さんが製作されておられますが、昔の『ウルトラマン』のように隊長や警視総監、教授役でおじさん俳優が出てくることはありません。おそらく隊員たちの家族や家庭もあまり出てこないのではなかろうかと思います。
扮装とルックス、戦闘シーンが勝負なのでなまじ演技ができる、あるいは演技をしないと格好がつかない大人が混じってしまうと、美しい架空の映像に不協和音が入るためでしょう。

ウルトラマン役の主人公は元戦場カメラマンで、アジアの某国にて、撮影中重傷を負ったことがあります。
その彼は自分を介抱してくれて妹のようになついていた少女が、奇襲してきた武装兵士たちに殺されるシーンを見てしまったことから、「助けられなかった」というトラウマに取り憑かれ、夢で少女に会い、やがてウルトラマンに変身して悪と闘うよう運命づけられます。
この設定を面白く感じました。だって大人のドラマには絶対出てこない設定ではありませんか?
アメリカのERにだって堂々「コンゴ」が出てきたのですから、日本のドラマも多少は国際性や問題意識を持たせてもと思ったりしたのです。
最近はあまりにマンネリなので―…。

  

レニー・ゼルビガーとシャーリーズ・セロン 2005/01/16

実をいうと、わたくし和田は女優にあまり興味がない映画好きだったのです。
というのはニコール・キッドマン、シャロン・ストーンなど美貌または肉体美ONLYという女優に興味がわかないからです。
ニコールは『アザーズ』の演技が認められてアカデミー賞への道を歩み出したというのでしょうが、この映画なんで劇場公開されたのか、と疑うほどつまらないものです。
シャロンがいいのは時代をとらえた『氷の微笑』だけ。ミネラ・ライダーとかのアイドル的な美少女上がりの女優はすべて、この手。 大昔でいえばマリリン・モンローでしょうが、つまりは女優というものは元来ここまでの需要であったのです。性格俳優でオスカーを何度も受賞したキャサリン・ヘプバーンは美貌ではありません。
美貌プラス個性の人もいますけれど、ジュリア・ロバーツ、サンドラ・ブロック然り―世の男性に美徳とされている女らしさの規範の中におさまっています。

ところが今回アカデミー賞の助演と主演に輝いた二人は美貌プラスグロテスクで勝負したのです。
二人とも10キロ以上太って演じた作品で賞をとりました。レニーといえば『シカゴ』ではやせぎすのダンサー志願者でしたが、『ブリジット・ジョーンズ』となると、別人と思われるほどまるまるで、『コールド・マウンテン』に至っています。
片やセロンは『ボイス』のヒロインで、この役は「美女なら誰でもいい」という役どころでしたが、10キロと肌荒れで連続殺人者を演じオスカーに届いたわけです。
こういう例はボクサーの盛衰を演じた男優のロバート・デニーロ、わが愛しのブラッド・ピット―公表はされていませんが、かなり体重が役のイメージに関わっているではないかと思われます。『セブン』、『ジョー・ブラックに〜』はスレンダーで、今回の『トロイ』は筋肉もり もりですから―ではありますが、美人女優となるとその商品価値において肥満は大敵と見なされているだけに、二人の試みはとてつもなく凄い!ということになりそうです。

また逆をいうならハリウッドもここまでやらないとちょい美人女優は浮かびあがれない、せちがらい時代になったといえます。10キロ増量女優に幸運が続くのか、試みだけが幸運につながったのか、これからが見どころとわたしは思っています。

  

再び「ロード・オブ・ザ・リング」を見る 2005/01/08

昨年アカデミー賞をとった作品で、すでに劇場でもみています。今回はテレビなので迫力はもとよりありませんが、それでもするすると見てしまうのは、丁寧にしかも面白く創られているからでしょう。
二回目なので筋よりもテーマやセリフに集中しますから、これの原作『指輪物語』はキリスト教の教話であったことの方に改めて納得させられました。

劇場でみた時からもやもやしたものがあって、それは最後近くのホビット、フロドがリングを奈落の炎の中に投げ込むシーンでした。
もとよりフロドは悪の権化サウロンの呪いを解いて封じ、善なる人たちに平和をもたらすべく、災いの発火点であるリングを炎の中に葬る役目を背負わされています。
このフロドの使命を阻止してリングを奪おうと、ついてくるのが、元ホビットでリングと悪に魅入られたゴラムなのですが、このリングは魔物で、これを一度持つとどうしても手放したくなくなる、あるいは死ぬほど欲しくなる、という欲望の象徴のような代物です。
フロドが選ばれたのは完全に近い善の強い心を持ち合わせているからなのですが、やはり完全ではないので、最後の最後にリングを投げ込まなければならない火口を前にして、「これは僕のものだ」といいきり、自分の指にはめてしまいます。 そこへまた死んだはずのゴラムが現れて、その指を切ってまでわが物としようとし、フラドと争ううちにリングを手にしたまま、奈落へと落ちて行きます。
フロドは断崖にひっかかっていて、その状態では火口に落ちたリングはまだ姿を消していません。そばにはフロドの旅の友であり有力なボディーガードである、同じくホビットのサムがいます。
そのサムが手を伸ばしてフラドを救おうとしますが、最初は成功しません。リングはフロドを誘うようにまだ火口に姿を見せています。サムは再びフロドに手をさしのべます。フロドは二回目はしっかりとサムの手をつかみ、リングはやっと姿を消します。
この流れを見てくると、リングが火口へ落ちたのは偶然で、フラドがリングの魔力に勝って、サムの手をつかんだ時、はじめて彼は意志的に使命を果たしたことになります。
しかし果たした使命は半分だけですから、フロドはもう善なる存在として、サムのように、地上の楽園のようなホビット村に止まることはできなくなるのです。

つまり地上の楽園に住むには、多少でも邪悪な心を持ってはいけないのです。 つくづくキリスト教は縛りのきつい、厳しい宗教なのだと思います。
しかしこれだけの厳しさがあるからこそ、世界宗教の最大派閥に成長したのでしょう。ここまでの縛り方は大いに政治利用できそうですからこうして考えてくると、ブッシュ政権下で厖大な費用を費やしてつくられ、 賞まで与えられたこの作品もまた、政治的な産物であったかもしれない、という気がしてきます。 正義と善と友愛の名のもとに闘いが繰り広げられるわけですからね。
ほとんど後半は戦闘シーンですから、フロドとサム、『バンド オブ ブラザーズ』に似てもいます。
そう考えるととてもつまらないところで、フロドとサムの旅の仲間は感動的ですが、実はサムは仮死させられたフロドの身体からリングを外して身につけていて、最後近くでフロドに戻すのですが、このリング、サムが身につけていても全然邪悪にならないのです。
サムが持っていてくれたと知ったフロドは奪うようにリングを戻すのですが、この時、サムと争いにはなっていません。だいたいの人間がリングの魔力でその所有をめぐって殺し合うはずなのに―です。
だったらはじめからフロドではなく、サムの方をこの役目に選べばよかったじゃないか、などといいたくなりました。それとも弱さを秘めたそこそこ強い人間に、極限の試練を課すのがキリスト教の神なのでしょうか―…。

  

韓流ドラマ 2005/01/02

ふとした弾みで『天国の階段』という韓流ドラマを30分ほどみました。
韓流は前に『夏の香り』15分をみただけでしたが、不思議にふーっとみてしまうのは女性にとってこの手のドラマが癒し系の快感で、アロマテラピーやハーブなんかに似ていて、心地よい時間がすぎるからだと実感しました。
ほとんど頭を使う必要のない筋立て、無機的で親身になる必要のない整形美女美男の群れ、絵葉書のような美しい自然や生活感のない街並み、居住空間―これらはただただ夢の国にふわふわと漂っているようで、ワイドショーで明かされる苛酷な現実や事件…拉致問題や凄惨な凶悪犯罪、不況に喘ぐ人々や出口のない深刻な教育問題に向かい合うより、ずっとずっとラクなのです。
もしかすると あの大ヒットした『踊る大捜査線』よりもラクかもしれません。 少なく とも『踊る〜』には多少現実の社会問題が映されていましたから―…。

アロマやハーブを好む女性は苛酷で熾烈な現実は苦手なのだと思いますが、女性の社会進出がめざましい昨今を考えると、果たしてこんな現象が続いていいのかという気はしてきます。 現代日本の女性は逆行しているかもしれません。
あるいはこんな荒唐無稽な夢でもみない限り、とうていやっていられない現実を抱えて苦しいのかもしれませんが。
そう考えてわたしは30分で『天国の階段』を打ち切りました。
女性にとって恋愛ドラマへの癒しは麻薬に似ていますから、じゅうじゅう気をつけなければならないと考えているからです。

  

『PLUTO』 2004/01/01

49と前後してしまいましたが、『PLUTO』というコミックが単行本になっていたので読みました。
鉄腕アトムの大幅リメイクだそうですが、先ごろ上映していた『アイ ロボット』も意識しているのだと思います。
文明化の行き着く果て、ロボット時代を描いたSFものですね。『モンスター』の浦沢直樹さんとそのスタッフによるものなので、人間性の深淵が描かれるものと思い、期待しています。 コミックで描くことのできる最高のインテリジェンスでしょう。
ただこれもああなればこうなる、ではあるんです。 愁眉がひらかれる、というほどの意外性はないんですね。
あのハンニバルレクターや、サイコミステリーが出てきた時のような―…。

一方韓流ドラマですが、これにはインテリジェンスのかけらもないんですね。
あるのはエキセントリックを含む、けれどもわからないこともない、どろどろした人間の感情、激情です。 またまだ見てはいないのですが映画版『デビルマン』はこれに近いのではと思います。
どっちがいいかは好みの問題なのでしょうが、災害、イラク、慢性不況―疲れる世の中なので、理想や夢よりも、ぱっと発散、自分を開放できるのは、感情に訴えてくるものなのではないかと思うのです。『 夜回り先生』、『世界の中心で愛を叫ぶ』がそうでしたから。
それと全米一位を独走している『CSI―科学捜査班―』が日本で受けないのは、極力登場人物たちの感情を抑制して見せる、全編科学トリックだからなのだと思うのです。