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 和田のひとりごと 

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ビデオ三昧の日々 2004/11/23

最近はビデオ三昧の日々です。
モーガン・フリーマンの心理分析官シリーズ『スパイダー』と、ニコール・キッドマンの出てくる全員が幽霊だという 異色ホラー『アザーズ』を見ました。

両方ともあくびが出ました。

モーガン・フリーマンの方は「多重人格殺人者」という原作を一部つくりかえているものと思われますが、原作の方 がまだましです―はじめからわかってしまう犯人に密着した構想が独創的ですから―。

わたしはサイコホラー大好き人間ですから、たいていのこの手のものを面白く見るのですがこれにはがっかりでした。

盛り上がりなし、フリーマンの魅力発揮されず、金ほしさの誘拐にサイコの犯人を共犯に加え、途中で罪を背負わせて殺すという真犯人の行動も月並み。こういう作品を作ってサイコ映画そのものの評判を落としてほしくないものだと怒り心頭です。

それからモーガン・フリーマンはいささか出過ぎです。
あのおもむきのある哲学者的な顔も、たくさん見過ぎているとゲップ、お腹いっぱいです。

それから『アザーズ』。これはホラーにひねった文芸作品ですね。
ニコール・キッドマンは最近アカデミー賞にノミネートされるなど、演技派女優として注目されはじめていますから、『アザーズ』はまさしく彼女の演技開眼ということになるのでしょう。

それがあまりにみえみえなので、話の面白くなさも手伝って「ニコール・キッドマンのファン以外はタダにしろ」コールを浴びせたくなります。
ただ、したしかに彼女は大変きれいですし神秘的でした。けれど同様の美人女優であったオードリー・ヘプバーンの『暗くなるまで待って』―映画史上に残る 傑作―に比べれば月とすっぽん。

Xファイルなら一話 で完璧に終わる話を二時間近くやってほしくありません。

  

ドイツ映画「es」 2004/11/11

話題になっていたドイツ映画『es』を見ました。
アメリカのスタ ンフォード大学で現実に行われた恐怖の実験についての資料にもとづいて、ヒトラー輩出の国ドイツが映画化し たものです。
このところこうしたアメリカの主に科学開発にまつわる恥部、科学による世界制覇への危惧を指摘しているドイツ映画の傑作は多く、少なからず皮肉ですが、 英語ではなくドイツ語をしゃべっているのは見ていてやや奇異ではあるものの、慣れてくるとあまり気になりません。
考えてみれば元はどちらも語源は同じですからね。イタリア、フランスほどの差はないわけです。

ところでこの映画にはこれといって筋はありません。極限に置かれた人間の心理を研究するために、かかる専門の教授が高額のバイト料を出して、刑務所に二週間民間人に入ってもらい、 各々囚人役と看守役を演じ続けるてもらうというものです。
まあ、ちょっと考えると大人しくしていればご飯も出て寝るところもあるわけですから、無事になにごともなく過ぎてお金がもらえてめでた し、 めでたしとなりそうなんですが、これがちがうんですね。

冗談で囚人役が挑発したことから端を発して、看守側はだんだんサディズムがエスカレートしてくるんです。
最期は人が死んだり重傷を負ったり、知的この上ない助手の女性がレイプされかけて半狂乱になり相手を殺しそう になったりする。
つまり登場人物すべての理性はストップして、やるか、やられるかの暴力集団と化するわけです。

これを見ていて思い出したのは日本の殴る、蹴るが連発されるお笑いの舞台。あるいはギャグ集団のコント。
そしてあの殺人ごっこの『バトルロワイヤル』です。

本当を言うとこの『es』などよりわが国のこれらの方がもっともっとすごい。
アメリカの場合はやってみて悲惨だったから、もう二度と実験は行わないことにしたわけでしょう。ドイツはそれさえ批判的に映画化したと。
ところが日本じゃ、酷似したシチュエイションが始終映像で流れているわけです。
それでいて少年犯罪の防止うんぬんを論じるのはナンセンスだと思いました。

日本人 はもう少し自分たちのやっていることに危機感を抱くべきです。
この世でもっともこわい存在なのは理性のブレーキがきかなくなった人間性ではない獣性、ひいては 自分自身の心の闇なのかもしれないのです。

  

水谷修著『夜回り先生』 2004/11/06

というわけで、前回と前後してしまったが、水谷修著「夜回り先生」を読んだ。

これは夜間高校の教師を12年間続けながら、夜の繁華街を回って非行 少年少女に手をさしのべた「夜回り先生」の記録である。
第一印象は金八現実バージョンかと思いがちだが、水谷氏の別名は自 称「薬物専門家」であり、ようは薬物依存の少年少女の保護をメインに行ってきている。

そんなことは警察の仕事ではないかといいたくなる。
水谷氏の管轄は横浜なので、「ああ、あの悪名高い神奈川県警ね―」と考えつくが、実はどこのエリアでもこの手の仕事に対して警察はそう熱心ではないのだと思われる。

それから似たような仕事として、ジョナサン・ケラーマンが描く主人公、精神科医で児童、青少年専門の心理療法士、アレックス・デラウェアが思い浮かべられた。
アレックスは警察と組んで子どもたちの関わる事件を解決していき、結果的に悩める子どもたちを救う。

ともあれたしかに「夜回り先生」はいてほしい、誰ともほっとなごめる存在ではあるが、この著作にやはり個人の「武勇伝」的な臭いがする。

医者でもなく心理学者でもなく、カウンセラーでも、もちろん刑事でもない社会科の先生が、この現代に単独夜回りをやって、非行に走っている子どもたちを救済しようとし続けてきた、ということ自体問題なのではないかと考えさせられた。
薬物依存や青少年の非行については、もっと熱心に家庭や行政が取り組むべきことなのではないかと思われるからである。
この手のものがベストセラーになりつつあるということ自体、まだまだ 日本は教育行政に関して後進国なのだと痛感させられる。

またこの水谷氏は母子家庭に育ち、青春期には放蕩三昧な日々を送って、教師の母親にさんざん苦労をかけたことを、この著作で告白してい る。

これにはふむふむとつい感心してしまうが、それではこういう生い立ちを持たない者は、決して非行少年少女の立場になど立てない、とい う逆説をも成立させてしまう恐れがある。
それではいっこうにこうした問題の抜本的解決はおろか取り組みにもならないのである。

いい意味でも悪い意味でも、日本的なあまりにも日本的すぎる著作である。

  

ここ何ヶ月間の見たり、読んだり― 2004/10/31

最近和田は映画を見たり、本読んだりしてないんじゃないか、 …と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
『ヴァン・ヘルシング』や『テイキング・ライブス』、『エクソシスト・ビギニング』。 再放送を含む『CSI』、『サードウォッチ』、まだまだ続く『ER』など、見てはいるのです。
ただ何とも感動がなくて、書く気がしませんでした。

どうしてこんなに映画は面白くないの?
「ここでこうなるのかな」と思えばそうなってしまうし、やたら時間は長いし、思わせぶりを期待しているとほんとうに思わせただけだったりして……。

『エクソシスト・ビギニング』はまさにそれ。
最後に悪魔が乗り移った人間のSFXは、もう笑いを通り越して憤怒でした。

『テイキング・ライブス』は誰のための何をいいたいものか、全くわからない映画です。
イーサン・フォーク、キーファー・サザーランド、あれだけいい俳優が出ているというのに、話が散漫で…。
しいていうならエキゾチックなヒロイン、アンジェリーナ・ジュリのエキセントリックなセクシーさを観るための企画?

『ヴァン・ヘルシング』はアクション美男ヒュー・ジャックマンで見せているのでしょうが、一昔前のコミックのノリ。
これなら『X-men』の方がずっと面白い。

しばらく映画を見る気がなくなりそうです。
というわけで今や高視聴率を誇るテレビドラマ『CSI』、『ER』、『サードウォッチ』の方がずっとましです。

日本のものでは『相棒』や『大奥』を楽しん見ています。
ヒロイン、ヒーローの知名度に頼らずよくもあそこまで面白い話を続けられるものだと感激です。

こういう企画、NHKも見習ってほしいものだと思いつつ、「夜回り先生」の新刊を読みました。
驚いたのは前に買った内容とほとんど同じものだったこと。
この手のノンフィクションものでほとんど同じというのは、問題です。
しかもはじめの一話がテレビの内容とダブるようにしてあるのも、夜回り先生 水谷さん。あなたの生き方をおとしめるものですよ…。
ハイエナご都合主義のマスコミに惑わされず、従来の地味な黒子の活動を貫いてほしいと思います。

それと夜回り先生一人がヒーローにされる世の中はおかしいのであって、この手の問題は、もっと卑近なものとして、みんなが考え、行政が 大きく尽力していくべきものだと思うのです。
ここまで来た水谷さんが向かいあわなければならないのは、子どもたちの『哀話』ではなく、行政批判なのです。
犯罪現場の刑事の美学では子どもたちを救うことはできません。

  

悲しみのマーダーズケースブック
7、 アル・カポネ
2004/10/16

前出のラッキー・ルチアーノと同じ頃、シカゴのマフィアの頂点を極めたのがアル・カポネであった。
カポネもルチアーノとほぼ同じような境遇から、這い上がる道はこれしかないとマフィアの組織に踏み込んだ。

ルチアーノとの違いは組織化には興味がなく、シカゴのドンであることだけで満ち足りていた点である。
激情型で裏切り者に対しては自ら残虐に制裁した。
殺人に直接手を染めたり指示した数は400人。
長身痩躯で陰性の渋い美男であるルチアーノに比べて、(ロバート・デニーロが演じたカポネはいい男すぎる)猪の首のカボネは陽性で目が無邪気な子どものようである。

派手好みで一億ドルの月収をあるだけ使い切った。身なりにも贅を尽くし、そのセンスを褒められると喜んだ。
恐慌時には一般大衆のために給食センターをつくったこともある。
まさにアメリカンドリームを地で行った男で、殺人は悪いことではなく、ビジネスの一環と見なし、しごく楽天的にわりきっていたようである。

ここでとかく美化されがちな、ギャングややくざの仕事について説明しておくことにする。

たとえばアメリカのマフィアが巨大組織化していった背景には、禁酒法があった。
これは開拓時代の辛い労働の日々の癒しとなってくれた酒が、いつしか喧嘩、依存による家庭崩壊などを引き起こすこととなり、時の議会が禁酒法を施行したのである。

たしかに酒もドラッグの一種ではある。
ところが人類の酒への欲求は太古より止みがたいものがあり、また取り締まりも徹底はできず、―酒は今も昔も大多数の人たちの数少ない娯楽であり、ことに健康人に禁止するのは未来永劫不可能であろう―、この時代密造酒ともぐりであっておおっぴらに店を開くバーが蔓延した。
密造と各テンポへの供給をマフィアが独占したのである。
これは一種の専売であるから彼らはこれで巨万の富を手に入れることとなった。

そして殺人はしきっている密造組織や供給ルートの略奪のために行われたのである。
つまりは欲と金のための殺人。
よくある殺人の理由だが、禁酒法という社会背景があるとマフィアのビジネスという、いかにももっともないいわけが通るのだろう。

ちなみに専売は他に麻薬、売春にも適応される。
禁酒法が解かれても、麻薬や売春はまだ残っているから、マフィアはもとより、世界のこの手の犯罪者は健在であり続けている。

  

悲しみのマーダーズケースブック
6、ラッキー・ルチアーノ
2004/09/19

1920年代のアメリカ、貧しいイタリア移民の子として生まれ、スラム街に育ち、やがてニューヨークでマフィアの帝王と呼ばれるようになる。
暴力性と知性を合わせ持ち、アメリカ全土にマフィアを組織化した。
組織の中には殺人専門部門もあり、冷徹無比な殺人者でもあった。若い駆け出しの頃、直接手にかけたものを含めて1000人は殺しているものと推察される。

残念ながらあのメガヒット映画「ゴッド・ファーザー」は彼がモデルではなく、彼亡き後を受け継いだカルロ・ガンビーノである。
いずれにせよ、法治国家においてさえも、政治と司法が完膚なきまでに賄賂で押さえ込まれて機能を失うと、非道な殺人さえも取り締まられることはなくなるのである。

ちなみにルチアーノは逮捕されても釈放され、故郷のイタリアに所払いを食らってもなお、心臓麻痺が彼の命を奪うまで、全アメリカのマフィアのドンとして君臨した。

この頭脳明晰なルチアーノについて、「犯罪ではない方向に頭を使えば一角の人物になったろうに」という向きもある.。
しかし彼はシェークスピアを読むことができたが、バレエなどの情緒的な芸術は解さず、そのあたりに当人が生涯犯罪に手を染め続けた、独特の資質が秘められているのではないかと思われる。

  

悲しみのマーダーズケースブック
5、フレッド&ローズ・ウエスト
2004/08/20

イギリスのグロスターで91年から94年にかけて、12体の女性や子どもの遺体が、フレッド夫妻の住んでいる家の地下室や庭等から発見された。
この中には夫婦の実子のヘギー・ウエスト、16歳の遺体も含まれる。

夫婦の罪状は、自分たちのサディスティックな行為を主とした、倒錯した性を満たすために、ヒッチハイカーやベビーシッターなどの若い女性たちを家に引き入れ、レイプ、拷問などサディズムのかぎりをつくして惨殺していたというものであった。

フレッドの父親は実の娘たちと近親相姦の関係にあり、フレッドもまた13歳の妹を妊娠させていた。
同じようにローズの父親もまた娘たちに迫り、殴られることを回避するために、ローズは父親とセックスしていたという。

こうした近親相姦について、フレッドの意識は
『父親は常々子どもは自分が創ったもので、自由にする権利があるといっていた。その父親がやっていたことを自分がやって何が悪い、みんなやっていることだろう』
ということのようである。(フレッドの長女は父親の子を子宮外妊娠している)

こうした共通の反モラルの二人が結びついたことが犯罪の温床になった、と評されている。
しかし近親相姦が最も安直で気楽な、家族内の遊び―しかもロリータが楽しめる、秘密も厳守させられる―であることを思うと、『恐怖の家』と世界中を震撼させたフレッド&ローズの家予備軍は世界中にあふれているかもしれないのである。

  

悲しみのマーダーズケースブック
4、ゲイリー・ギルモア
2004/08/01

 70年代後半、テキサス生まれのゲイリー・ギルモアは10代で窃盗、強盗などの犯罪に手を染め、18年間収監された後、出所。
35歳でめぐりあった美少女ニコールと運命的な恋をするが、酒、薬に蝕まれた破綻的な性格ゆえに、相手に去られ、その憂さ晴らしを被害者二人の無差別殺人に向けた。

酒については父親がアルコール依存であった。
また薬の方は当時の刑務所で処方されていた、強い精神病薬『プロキリシン』の影響もあるのではないかといわれている。
彼はロマンティストで画才があり、また無差別殺人は『去ったニコールを殺さないためにやった』といっている。

態度いかんによっては死刑は免れ得た事件だったが、彼はあえて死刑になることを望み、反対論者によって確定した死刑が延期されると、自殺を図ったという。
彼の望みはただ一つ、ニコールとの心中であった。
いわく『これ以上刑務所で生きるのは地獄だ』。

少年を収監する司法施設のあり方が問われる事件である。
また少年犯罪と更正についても深く考えさせられる。

  

ハリー・ポッター3 アズガバンの囚人(映画版) 2004/07/08

1、2、とハリポタを観ているのですが、飽きませんね。

魔法学校の講義のシーンがいつもながらよくて、これを観た子どもたちはますます現実の学校が嫌になるだろうと心配です。
しかし大人もだんだん病みつく感じ、魅せるの一言です。
きっと原作に映像制作者たちの想像力を大きく膨らますものがあるのでしょう。これはもう水戸黄門ファンタジー版なのです。(若者向き水戸黄門かも)

主要なトリックはかの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』になって、おやおやと思うのですが、それも含めていいです。

主人公のハリー役がすてきに成長していました。好みだと思うのですが、『ロード・オブ・ザ・リング』よりややこちらの方が、癒しがあるので好きです。

あっという間の2時間ちょっとでした。これはきっと4もありでしょ。