和田
(以下 和) |
ほんとうの話です。
まずは「宇治拾遺物語」に自分の頑固な皮膚病を治すために、息子の嫁のお腹の子を所望する貴族の話があるじゃないの。 あれでは孝行のためということになっている。
この感覚はわりに長く続いて肉親の病気を治すために、身内や通りがかりの人間を殺して、肉体のパーツを奪う犯罪は明治になってもまだ起きている。
具体的にはハンセン氏病にはお尻の肉がいいとされているし、頭部全体を黒焼きにするのが万病直しの薬ともされている。 お腹の赤ちゃんを薬としてねらう話はさすがに明治期には起きていません。
でもこれは日清、日露の戦争で産めや増やせよの風潮のせいかもしれない。
それから欧米の吸血鬼伝説、あれもまた薬餌ではないかと思う。
何しろ輸血などのない時代、口から入れる血液は栄養たっぷりで何よりの栄養剤だったでしょうから。 その証拠に中国では割股といって、親が重篤な病気に罹った時、子供が腕を裂いて血を絞り出し飲ませるという民間療法が、少なくとも紫禁城の頃までは当たり前だったと聞きます。 その場合さらに親孝行がエスカレートすると、切り取った自分の肉まで提供する子供もいたとか。
親の肝臓が悪いと当然子供の肝臓が提供対象になる。
こうしたケースでは親に殉じて子供は死ぬわけ。 |
和 |
正確にいうなら時に宗教儀式に名を借りることもあった、かしら 。社会が背景にある食肉習慣だったんだと思うわ。
北京原人の頭部には脳みそを食べられた跡が残っているし、わたしが訪れたことのある青森の三内丸山遺跡では、子供が葬られたと思われる土器型の棺が多数出土してる。
あれをわたしは調理器を兼ねた棺で、当時生まれた子供たちは、一部を除いて多くは食べられていたんだと確信してるわ。 新生児は貴重な食料源だったんじゃないかって。
なぜなら原始社会では常に人口の増加は脅威であり、そのために自分たちの種が滅びかねないということを、彼らは本能的に察知していたため、性比を調整する必要があったのよ。
その場合新生児の男児はあまり生かされなかった これは酪農家の合理性そのものよね。 メスは子牛を生産するが、オスの役割は主に種つけだけ…。
つまり原始社会においては、オスは新生児という食料を生産することができないから、メスよりも沢山の数生かされなかったのです。
これは余談だけれど、後世、部族間あるいは国家間の戦闘を理由に男に尊敬が集まり、采配をふるうようになり、 ついには家は男で成っている、跡継ぎは男子という具合になるのは、こうした時代にインプットされて受け継がれ続けた、女性上位への怨念かもしれないわよ。
…話を元に戻すけれど、一方原始社会では当時の女性の平均寿命が、せいぜい二十代後半だとしても、 妊娠可能な年齢に達してから毎年子を産み続けたとなると―もちろん当時は避妊も妊娠の仕組みも知られていないわ―十人程度は産めたのではないかと思うわ。
女性は動物性蛋白質のよき生産者だったわけね。 |
和 |
マヤ文明を築いたアステカの例がいいんじゃないかしら。
最近南米やこの時代に人気が集まって、よくテレビのリポート番組が放送されるけれど、まぁ神秘の時代という印象を受けるためでしょうね。
とりわけ注目されるのはコロッセアムから出土する多数の人骨だけど、テレビの言及はそこまでなのよね。 明らかにカニバリズムが常習化していた証なんだけど、そうとまでは言えないのがテレビの規制。
そこでわたしが説明させてもらう、コロッセアム自体今でいうなら肉牛や豚の処理場。
マービン・ハリスというアメリカの文化人類学者にいわせれば、『ここで日々処理される人々は奴隷、犯罪者などであり、彼らの調理された肉が上る食膳は祭司や貴族階級に限定されていた。 たしかにこれは非道なことだが、同時に人口の調整のためにはいたしかたなかった』 ということになります。
古代国家アステカはたしかに巨大で繁栄しましたが、太陽を神と仰ぐ農業、酪農国家なのです。
酪農には最低でも草が必要でそれも天候に左右される代物。 太陽のご機嫌が悪く日照りや大雨、冷害などがふってわけばひとたまりもないわね? 養えるだけの食物はすぐに底をついてしまう。
カニバリズムには合理的な人口調整の意味もあって、常時行われ、宗教的な意味合いを持たせていたんだと思うわ。 自身の肉を神に捧げれば神の国に行けるとか、あるいは神と一体化できるとか……。 いけにえを麻薬で眠らせ、生きたままの状態で祭司が心臓を取りだし、太陽に向かって掲げた後、白魚の踊り食いよろしく、他の祭司たちと共食する話は有名よ。
宗教で同胞を食うというカニバリズムの後ろめたさをカモフラージュは日本にもあるのよ。
箱根の芦ノ湖に龍神を祀った神社があるんだけど、ここでの大祭では毎年赤飯をどっさり湖底に沈めます。 かつては赤飯の代わりにいけにえの若い女性を、龍神に差し出すために沈めていたといわれてるけど、わたしは実は沈めていたのは衣装だけだった、 あるいは食べてしまった残りの骨だけではなかったかと思われて仕方がないわけよ。
箱根の芦ノ湖といえば今でこそ名だたるおしゃれな観光地だけど、かつては人もなかなか通わぬ、気候の厳しい山岳地帯。 もちろん米作は叶わないし、住民はほぼ半飢餓状態が当たり前、という状態で暮らしていたはずだと思うから。
その他全国のいけにえの話の真実はカニバリズムだったんじゃないのかしら。 |
和 |
これこそ人類がカニバリズムを食に取り入れてきた証よ。食にタブーはまずないのです。 せっぱつまれば何でも食べる。
例えば沖縄では猫を韓国、中国では犬を食べる。 これは大変な薬効があって身体を暖め、特に冷えやすい老人たちにはとてもいい食材だという。
これについて欧米的常識は野蛮だというわけでしょうが、フランスでも中世の料理には猫料理があります。 被害甚大で常に狼の群れと闘っていたヨーロッパ中世の農民たちは、試しに狼の肉を食べてみた。 ところが肉食一辺倒の獣の肉は固くてまずくてしかも臭い。
それでこれは悪魔の化身だということになり、絶滅に追いやるまで徹底的に叩いたわけ。
環境破壊で山に食べ物がなくなれば、クマも野生のシカも猪も里に下りてきて田畑を荒らす。 でも彼らは絶滅にまでは追い込まれなかった。その理由は彼らの肉はまずまず美味しいから。
美味しいか、まずいかというと雑食動物の肉が一番美味しいそうよ。 草ばかり与えた牛ややぎは健康ではあるが肉が固くて青い臭いがするって言うから。
となると人間の肉、しかも女性、わりに美味しいんじゃないかしら?? |
和 |
江戸時代を引き合いに出すとわかりやすいと思いうわ。
江戸時代はのどかな古きよき人情と情緒の時代というイメージがあるけれど、それも大都市、江戸や上方のだけのこと。 おおむね地方は疲弊してたのね。
原因は飢餓、あるいは半飢餓。農業技術の飛躍的な進歩は結構なことだけど、伴う人口の増加が問題なのよね。 特に享保、天明、天保と続いた飢饉はショックなもの。
享保の飢饉は1732年から3年間、天明の飢饉は1781年から8年間、天保の飢饉は1833年から3年間続いているの。 いくら農業技術が進んだからといって、現代のように冷害や虫に強い品種の改良などされてないから、ようはアステカ同様お日様頼みなのね。
ちなみに享保の飢饉では、沖縄と蝦夷はデーター不足のため省くとして、全国で亡くなった人の数は18000人。 当時の全人口は10000万人だから、約五分の一が飢餓死したことになるわ。 |
和 |
まあそう焦らないでくださいな(笑)。
とにかくこの江戸中期に連続的に起きた、異常気候が原因の飢餓には目を覆うほどすさまじいものがあった。 特に北に位置している東北地方では凄惨そのものだった。
こうした状況を記したものに、「天明卯辰簗」―てんめいうたてやな―というものがあるの。
噂を聞いて奥州を旅した人が書いたものだけど、カニバリズムはまず家族で餓死したものを食べることからはじまるんだそうよ。 ちょっとを借りておく、貸しておくという言葉が流通していて、死体は自分の家だけでは食べず、 切り刻んで縁者、近所に分ける。
次の段階に進むと、死者が出なくてもお互いに娘盛りの下女を使いに出し合う。 下女を行かせるからというのが暗号で、用事で出されたかわいそうな下女は、相手方の敷居をまたぐか、またがないうちに、中にひきずりこまれ首を絞められて殺されてしまう。 それを裸に剥いて鴨居に吊り下げると、解体作業の準備が完了する。
下女のいない家では娘が飢えて痩せきらないうちに使いに出しあったとか。
こうして得た貴重な蛋白源は味噌漬けで保存し、大切に食べた。
そして最後の段階が耕作に使っている牛馬の処分。
ここまで来るともう生き残る望みはほとんどなくて、再び耕作ができるとも思いがたくなっており、残った家族たちの 栄養失調もかなり進んで、全員虚ろに死を待つばかりという状態に陥る。
ここで特記すべきことは、こうして多くの家族が最後の一人になるまでカニバリズムで頑張った挙げ句、 運良く生き残った者は、カニバリズムに関する記憶をすべて失うということなのよ。 文字通りけろりとわすれてしまう。
肉親、知人はもとより禁制の牛馬も食べたはずなのに、檀家寺に出かけていって供養塔を建てたり、精進の誓いを立てたりする。 その意味では不慮のカニバリズムを余儀なくされた人たちと、よく似ているのではないかと思うのよ。
ほんとうに切羽詰まった生存の選択がカニバリズムで、それ以上でもそれ以下でもないのだろうと思うのよね。 |
和 |
あとレクター的な現実の人物といえば、母親に似た中年婦人を切り刻んで食べていたエド・ゲイン、―彼はヒチコックの『サイコ』のモデルだけど―とか、 同性愛者で文字通り行き会った青年たちを餌食にしていた、ジェフリー・ダーマーとかね。
わたしは現代はかつての貧しい時代の飢餓とはまた別の、新しい、しかもかなり重度の心の飢餓が発生していると思っているの。
やはりこうした食人鬼の犯罪者たちもやむにやまれなかったのだろうと。 それでカニバリズムという本能が目覚めてしまう、先祖返りしてしまうのだと。
この点についてはこの程度にしかまだわかっていないわ。
そしてもっと鮮明に理解したいから、わたしはこのテーマから離れられないのかもしれないわね。 |