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 和田のひとりごと 

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処女作「ママに捧げる殺人」はなぜ書かれたか 2002/04/20

和田
(以下 和)
あれが出たのは1994年四月。ああ、もうかれこれ十年近く前になるのね。
実はあれの前に「ロザムンディの囁き」というのがあって、それが正確な処女作なのよ。 ただしこれは未だに出版されていない。
あの頃はとにかくミステリー初心者でどうやったら形がつくのか、皆目わからない。 それでメアリ・ヒギンズ・クラークをお手本にして作ってみたのが「ロザムンディの囁き」。
ただしクラークの作風というのは、ハーレクインロマンスを重厚にした精緻なミステリーという代物で、苦労して書いたんだけど、やっぱりこれでは私らしくないと思ったの。
それでかねてより愛読していたローレンス・サンダースの「無垢の殺人」のスタイルを借りることにしたのね。 まあ、「無垢の殺人」を女性の作家が書いたらどうなるかみたいなものです。
そのせいでわたし自身が拒食症だと思われていたこともあるみたいよ。 会ってみてよくいる中年体型のオバさんでがっかりとかね。
ただわたしにも多少のダイエット体験はあって、それがこの作品の本質に結びついているのはたしかなんだけどね。
その通り。
とにかく未熟児で生まれたでしょ。小さい頃は過保護も手伝ってとにかく腺病質で。
腺病質っていうのは風邪からすぐに熱出して肺炎起こすとか、よくお腹こわすとか、感染しやすくて膀胱炎になりやすいとか…、一見いつも大病しているみたいだけど、ありがたいことに深刻な臓器の変調にまではいたらない。
とはいえ病院通いは絶えないから厄介な体質なのよ。 そのせいで食べ物が美味しかったなんて記憶ほとんどないわ。おかゆとか煮魚、葛湯みたいなものの味ばかり覚えている。
病気になるとたいてい自家中毒を併発するから―自家中毒というのは小児の病気で、嘔吐からはじまる一過性の消化器障害、心因性な要素が強いといわれている―、 絶食からはじまっておもゆ、果汁なんていうまるで赤ちゃんの離乳食を、小学校に入るまで食べていることが多かったわ。
おかげで幼稚園の時撮してもらった水着の写真はまさに飢餓児ですよ。
というわけでやや太りはじめたのは大学院の頃。
とくに食生活が変わったわけではないけれど、大学院って人間関係が煩雑でないから楽じゃないの。そのせいと片やアンニュイな気分も手伝って、友だちとよく飲み会をしていたわね。 これが悪かった。
好きなチーズとバーボン。諸悪の根元でした。
その後結婚してまた多少太り、といってもまだまだ当時の平均的な体型よりは痩せていたので手段は講じなかったのよね。
だからダイエットはお産してはじめて決意したの。二十六歳の時。
当時は実家に住んでいて同じ敷地に姉一家もいたのね。 母と姉というのは巷の叶姉妹みたいな人種で、とにかくおしゃれ、着道楽なんですよ。
それでわたしは妊娠、出産で体型が変わったことを批判されたくないと思ったのね。
醜いと連呼されたくない。いわば彼女達身内の視線が恐い、厳しい。
それで踏み切ったわけです。食事とルームランナーで一ヶ月で12キロ落としました。
30キロ代の体重だった時期もあります。妊娠前よりずっとスリムになってどんな服も着放題。
ただ辛いのはちょっとでも食事を増やし、運動を怠ると太る。
これがユーウツで二番目の子を妊娠した時はやれやれ。ああ、これでやっとそんなに食事の量に気を使う必要がなくなった……。
二女の分娩日の朝、鶏の手羽元の唐揚げを十本と、病院で出された昼食の酢豚定食をペロリと平らげました。 あれほど気楽に美味しくものを食べたことはなかったわ。
多少はね。でも以前の時よりはかなり中途半端でしたね。
なぜかというと、この時期ぐらいから稼業の出版社と文筆業を両立していて、おしゃれより仕事みたいな気概が出てきていたので 。もっともストレス過多に陥り、揺れるものが出てきて、暴飲暴食した後で吐いていたこともあります。
「ママに捧げる殺人」のリアリティーは、この時期の自分の状態をかなり取り入れて書いています。 このままでは仕事も家族四人もだめになる、なんて思いつめていました。
仕事も好きで家族も同じぐらい大切にしたい。 でもどうして上手くいかないんだろう、と思って考えていくうちにダイエットに行き着いたんです。
これを意識しているとどうしても、そちらの方へエネルギーや集中力が多量に流れ出してしまう、それでストレスが増えているのだと気がついたんですよ。 でもこのことを母や姉に説明しても理解してもらえないし、顔を合わすたびに常時ファッションや体重のことでやりこめられるのは辛いと思ったの。
これはもう価値観の相違で、お互い変われるものではないのだとわかったんです。 母や姉としては時代に合った美しい見てくれが、何より貴重だということなんでしょうからね。
簡単にいうと太ることも含めて、なりふりかまわず仕事と家事をやった何年間のつけが、生活習慣病というあまり格好よくない烙印をもたらしたわけです。 それもはじめC型肝炎だの乳ガンだのと疑われてさんざんよ。
結局は脂肪肝と胆石という、典型的な生活習慣病に落ち着いています。 原因は太りすぎですから発病以後はダイエットしています。
でもこれはスタイルや美観のためのものではなく、純粋に治療目的です。 もともとダイエットというのは医学用語なんですよ。
わたしの場合代謝機能がやや弱いので、わりに厳しい摂生が必要ですが、一作でも多く小説を書いて死のうと思っているので、まあ何とか貫徹してきています。 容姿のためのダイエットと比べて比較にならないほど楽です。
その人その人の価値観だからかまわないとは思いますが、心は修羅の暗闇だと思う。
だって体型の維持って大変ですからね。むちゃくちゃ努力していて、相応に疲れている。 でも最大のメリットは自分がまだ若いと思えること。
たしかに今痩せていさえすれば若くて美しい、という神話がこの国にはありますよ。 ファッション雑誌に掲載されたり、アイドルが身につけたものと同じものがばか売れするのは、モデルもアイドルも痩せているからです。
アイドル、モデル、痩せてる自分自身とが一体化して、安心できる、誰にも虐められない、群れられる世界が構築されているんです。 太っていたらこの世界に入れてもらえない。アイドルたちと一体化できない。
それでみんな痩せたがるのでしょう。ただその思いが30代の主婦から中高年にまで及んでいるのは、ちょっとショックですね。
アメリカでは男性でも太っていては出世できないといわれています。 たしかに女性でも見かけのいい方が得ではある。
ただね、女性の社会進出が進み、育児、家事がいくら将来伴侶の男性と完全分担制になるだろうといっても、本来ある母性と関係して女性の家庭への関与は多い。
としてみるとさらに加えて痩せておしゃれな女性であり続けるのは、無理があるように思います。 極端に痩せていなくてもすてきな女性になれる、年相応のおしゃれは痩身ではないというような流れに移行していかないと、日本の女性の社会進出は挫折する恐れがあると思う。
できる女性は必ずしも痩せている必要がない、このくらいの気概を持つようにならないと。
そもそも痩身願望はアイデンティテイを持たない若い女性たち特有の幼稚なもので、群れるための手段にすぎないのですから。
とはいえこんなこともこの年だからいえることですよ。
見方を変えればダイエットに象徴されるおのが肉体のコントロールこそ、若い女性たちの自立の萌芽だともいえる。
こればかりは親も介入できない、純粋な個の問題ですから。 ここで問題はダイエットに淫しないで、強い意志力としてダイエットを人格の一部にとりこむことだと思う。ダイエットも心身のバランス感覚の一環として機能させてほしい。
まさにダイエットは目的ではなく、目先の手段でもなく、納得できる人生の一部なのだと思います。
   

  

政治家の文化服飾人類学
Part5 加藤紘一編
2002/04/06

ミセスQ
(以下Q)
そう? 風当たりが強くないということはそれほどインパクトもないということよ。
この人に完璧に抜けているのは辻元さんとはまた別の社会常識、時代を肌や感性で読む力。
この人のネクタイの趣味はひどく悪いのよ、ださいの。それからオープンシャツで現れた姿を以前見たけれど、背広の時と同じお澄まし顔。 自分は政治家でそれなりに敬意を払われる立場にあるから、どんな格好をしていようが同じだというようでありました。
まあ、古い真面目なタイプなんでしょうね。
  それそれ。それが加藤さんの原点。敗因。
こういうところの二世議員加藤さんの意識としては、議員である前に名家の末裔で殿さま気分。 「よきにはからえ」で万事が順風満帆に進むはずだったんじゃない? 自分はただひたすら政治オタクをやっていて、いずれ総理になればいいんだと。 そういうのどかな体質に忠臣ならぬ、名執事ならぬ、佐藤なにがしがつけこんだのよ。
加藤さんも鈴木さん同様生まれるのが遅すぎた人だと思います。
自民党が彼を庇うのはそういう体質は御しやすく、続けてきた大枚の献金を考えると多少の申し訳なさもあり、寡黙ということもありがたく、 切りずらいものがあるんでしょうね。 この点は横暴で党内でも批判も多かった、叩きあげの鈴木さんとは違うところでしょう。 とはいえ今の庶民はどちらにも触手を動かさないでしょうが。
加藤さんは表情が乏しく、まさにキャラクターが古典的なインテリ。 それが牛乳瓶の蓋のような眼鏡の趣味、さらにかまわないファッションセンスに現れているんです。
もっとも盛装はそこそこ似合う人ね。 官房長官時代の式典で軍服みたいな姿を見たけど、頭が大きく眼鏡をかけた福助のようで日本人!ここにあり、という様子。
それなりの個性は感じられ、少なくとも背広よりは多少ましだったかな。なるほど自民党のプリンスとはこういう姿なのか、と。 それならプリンスではなく、若殿様といった方がふさわしいようにも見えました。
白い紙のような不動の表情にもその式服は似合っていたと思うわよ。まさに古典的な優等生の感があったと。 自民党の長老たちもこういう加藤さんの姿が嫌いじゃないんでしょうね。

  

政治家の文化服飾人類学
Part3 鈴木宗男編
2002/04/03

ミセスQ
(以下Q)
鈴木さんだっていい背広は着ているのにね。そう太っているわけでもないし。
ただ短躯丸顔というのは濃紺といわず、グレーといわず何にも似合わないビジュアルなのよ。 だからこのビジュアル主義のご時世、かつての選挙でたぶん目立つようにと、白の上下で走っているあの人の姿は悲劇よ。 笑いもとれないもの。
コンゴ人の秘書にかつがれて手を振っている映像もあるけど、もう今どきコントにもならないわ。
つまりダンディな小泉さんが総理になってから政治家は素敵であってほしいという、ロマンが国民に噴出してきたわね。
アメリカなんかはもうとっくにそうで、古くはハリウッド俳優のレーガン大統領、ケネディに似ていることを 意識して最大の武器にするべく整形までしたという噂のあるクリントン。
今のブッシュは大男でそう知性もあるようには見えず、容貌という点ではいまいちぱっとしない無骨な男だけれど、 非常時のアメリカ国民に好まれる顔だったんでしょうね。 同時多発テロの後の武装、報復のための開戦を促すシュプレヒコールと、あの顔が奇跡的にマッチして、高い支持率に結びついたのだと思う。
その意味では運のいい人だわね。
Q
奥さんが古典的な美女というのもいかにも古いわね。 昔は男は容姿ではなく能力で力さえあれば、どんな美女も思いのままというパターンがあったじゃない。 まさしく「金色夜叉」のダイヤモンドで女の関心を買おうとする大金持ちや、漁色家の太閤秀吉。
でも今はそういうの、何だがナンセンス、アナクロ、美しくないという印象でしょ。
そういえば日曜日の大河ドラマでも、主人公の前田利家に母親が「おまえはいつもきれいな顔をしている。 男は顔が一番だ。男は美しくなくてはならない」なんていっているの。 片や一緒に出てくる秀吉については、義母までもが「猿顔は嫌だ、醜い」といいまくっている。
大河まで時代を反映しているのだと感心してしまったわ。

  

政治家の文化服飾人類学
Part4 辻元清美編
2002/04/03

ミセスQ
(以下Q)
映像を追っていてあれほど老けが目立たない人も少ないわ。中身の精神の方も同じで幼かったのは残念だけど。
だからあの人はまずスタイルから入ったんだと思う。 21世紀の日本国民に支持される女性政治家のファッションとは何か―みたいなものにとりつかれていたんでしょうね。 そしてそれは成功していた。
パンツスーツ主体の年齢不詳の中性的な印象と並行して、時に大胆な柄のセーター姿なんかも披露していた。

真紀子さんとの違いは、彼女が知らずと型破りな中身に洋服を合わせているのに対し、辻本さんの場合は、型破り、新しい女の政治家を目指して 、コーディネイトしていた点だと思う。 つまりあるようで真のオリジナリティーはないのよ、辻元さんには。 似非オリジナリティー。 恐いのはそれを許して、視聴者に錯覚させてしまうメディアというもの……。
だから今回のようなことになった時、ああやっぱりと思ったわ。 ある政治家が自分がまっ白でなければ、人の疑惑など追及することはできないといっていたけど、まさにその通りなのよ。
けれどそんな当たり前のことが彼女にはわかっていなかった。
彼女はファッションを含む『理想の女性政治家像』は持っていたと思うけれど、倫理意識にもとづく、しかも男女を問わずの「政治家とはとは何か」という、究極の問いかけを自分にしたことがないと思うの。
それと彼女が今も属している社民党には女性が多く、それはそれで結構なんだけれど、お母さん的な甘えの温床であるのはどうかと思う。 最後に彼女を決断させたのは、同じ市民運動出身の中川智子さんだったというけれど、優しいのは結構、でももたれあいや情緒的なものを政治に介在させるのはよくないわ。 国政は個人や議員のためにあるのではなく、国民全体のためにあるんでしょうから。オバさん感覚ではだめ、もっと自分に厳しく律してほしい。
オバさん感覚といえば中川さんや大島さんのおしゃれはいかがなものかと思うの。 体型のフォローを含めて女らしさを意識しすぎ。 隣りのオバちゃんがカラオケをやりに行く、忘年会に行く、というあの雰囲気ではしまりがなさすぎる。 あんたは国会議員なんだよと叱りとばしたい気分です。
そんなうば桜たちのファッションと辻元さんのは一見全然違うように見える。 けれど、根っ子のところは同じではないかと思う。人の視線を意識しすぎ。
よく見られたがりすぎなのよ。この点がわが道を行く、かの真紀子さんとは決定的にちがうのね。

最後に小泉さんは舌鋒鋭かった辻元さんの辞職後、にぎやかな人がいなくなってさびしくなったなんてほざいていたけど、 馬鹿にしている。
またしても敵にこんなことをいわせてしまうわけか、あーあ、これでまた元に戻った。男社会固有の女性への蔑視、偏見は変わらない。
辻元さん、あなたのやってきた仕事はいったい何だったの?とわたしはがっかりしちゃったわ。