ミセスQ (以下Q) |
今回はあなたのミステリー処女作について聞きたいわ。 「ママに捧げる殺人」。 あれは拒食症の女子学生が犯人とわかってる、いわゆる倒置法のミステリーよね、犯人の心理と追う側の捜査官の行動が交互に出てくるっていうのは。 サイコミステリーとしては王道だと思います。 でも一体あれを書いた背景はなんだったのかしら。 版元の河出書房新社は純文学の文芸出版社でしょう? サイコミステリーといっても一応エンターテイメントだから、ちょっとミスマッチな気がする。 |
和田 (以下 和) |
あれが出たのは1994年四月。ああ、もうかれこれ十年近く前になるのね。 実はあれの前に「ロザムンディの囁き」というのがあって、それが正確な処女作なのよ。 ただしこれは未だに出版されていない。 あの頃はとにかくミステリー初心者でどうやったら形がつくのか、皆目わからない。 それでメアリ・ヒギンズ・クラークをお手本にして作ってみたのが「ロザムンディの囁き」。 ただしクラークの作風というのは、ハーレクインロマンスを重厚にした精緻なミステリーという代物で、苦労して書いたんだけど、やっぱりこれでは私らしくないと思ったの。 それでかねてより愛読していたローレンス・サンダースの「無垢の殺人」のスタイルを借りることにしたのね。 まあ、「無垢の殺人」を女性の作家が書いたらどうなるかみたいなものです。 |
Q |
「無垢の殺人」というのも女性が犯人とわかっている倒置法のサイコミステリーで、性的に厳格に育てられすぎた若い女性の悲劇だったわね。 夫を含む男全般を憎みながら、憑かれたように娼婦に変装して盛り場で男を漁り、次々に殺していく。 でもそれとあなたの『ママに捧げる殺人』は結びつかなかったわ。それほど『ママ…』に出てくる拒食症の描写は迫力満点、すごく怖かった。 |
和 |
そのせいでわたし自身が拒食症だと思われていたこともあるみたいよ。 会ってみてよくいる中年体型のオバさんでがっかりとかね。 ただわたしにも多少のダイエット体験はあって、それがこの作品の本質に結びついているのはたしかなんだけどね。 |
Q |
へえ、はじめて聞くわ。ところであなた、若い頃は太ったことなんてなかったじゃないの |
和 |
その通り。 とにかく未熟児で生まれたでしょ。小さい頃は過保護も手伝ってとにかく腺病質で。 腺病質っていうのは風邪からすぐに熱出して肺炎起こすとか、よくお腹こわすとか、感染しやすくて膀胱炎になりやすいとか…、一見いつも大病しているみたいだけど、ありがたいことに深刻な臓器の変調にまではいたらない。 とはいえ病院通いは絶えないから厄介な体質なのよ。 そのせいで食べ物が美味しかったなんて記憶ほとんどないわ。おかゆとか煮魚、葛湯みたいなものの味ばかり覚えている。 病気になるとたいてい自家中毒を併発するから―自家中毒というのは小児の病気で、嘔吐からはじまる一過性の消化器障害、心因性な要素が強いといわれている―、 絶食からはじまっておもゆ、果汁なんていうまるで赤ちゃんの離乳食を、小学校に入るまで食べていることが多かったわ。 おかげで幼稚園の時撮してもらった水着の写真はまさに飢餓児ですよ。 というわけでやや太りはじめたのは大学院の頃。 とくに食生活が変わったわけではないけれど、大学院って人間関係が煩雑でないから楽じゃないの。そのせいと片やアンニュイな気分も手伝って、友だちとよく飲み会をしていたわね。 これが悪かった。 好きなチーズとバーボン。諸悪の根元でした。 その後結婚してまた多少太り、といってもまだまだ当時の平均的な体型よりは痩せていたので手段は講じなかったのよね。 だからダイエットはお産してはじめて決意したの。二十六歳の時。 |
Q |
わりに遅い決意ね。 でもわからないなあ。もう結婚していたわけでしょう。 旦那さんの浮気が心配というようなことでもあったわけ?そんなことであなたがダイエットするとは思えないけど。 |
和 |
当時は実家に住んでいて同じ敷地に姉一家もいたのね。 母と姉というのは巷の叶姉妹みたいな人種で、とにかくおしゃれ、着道楽なんですよ。 それでわたしは妊娠、出産で体型が変わったことを批判されたくないと思ったのね。 醜いと連呼されたくない。いわば彼女達身内の視線が恐い、厳しい。 それで踏み切ったわけです。食事とルームランナーで一ヶ月で12キロ落としました。 30キロ代の体重だった時期もあります。妊娠前よりずっとスリムになってどんな服も着放題。 ただ辛いのはちょっとでも食事を増やし、運動を怠ると太る。 これがユーウツで二番目の子を妊娠した時はやれやれ。ああ、これでやっとそんなに食事の量に気を使う必要がなくなった……。 二女の分娩日の朝、鶏の手羽元の唐揚げを十本と、病院で出された昼食の酢豚定食をペロリと平らげました。 あれほど気楽に美味しくものを食べたことはなかったわ。 |
Q |
でもあなたは二度目の出産後またダイエット街道を邁進したわけでしょう? |
和 |
多少はね。でも以前の時よりはかなり中途半端でしたね。 なぜかというと、この時期ぐらいから稼業の出版社と文筆業を両立していて、おしゃれより仕事みたいな気概が出てきていたので 。もっともストレス過多に陥り、揺れるものが出てきて、暴飲暴食した後で吐いていたこともあります。 「ママに捧げる殺人」のリアリティーは、この時期の自分の状態をかなり取り入れて書いています。 このままでは仕事も家族四人もだめになる、なんて思いつめていました。 |
Q |
それで実家を出た? |
和 |
仕事も好きで家族も同じぐらい大切にしたい。 でもどうして上手くいかないんだろう、と思って考えていくうちにダイエットに行き着いたんです。 これを意識しているとどうしても、そちらの方へエネルギーや集中力が多量に流れ出してしまう、それでストレスが増えているのだと気がついたんですよ。 でもこのことを母や姉に説明しても理解してもらえないし、顔を合わすたびに常時ファッションや体重のことでやりこめられるのは辛いと思ったの。 これはもう価値観の相違で、お互い変われるものではないのだとわかったんです。 母や姉としては時代に合った美しい見てくれが、何より貴重だということなんでしょうからね。 |
Q |
それからが農文協から出している、「ダイエットの秘訣は日本の食生活全集から学んだ」全二巻への道なわけだ。 |
和 |
簡単にいうと太ることも含めて、なりふりかまわず仕事と家事をやった何年間のつけが、生活習慣病というあまり格好よくない烙印をもたらしたわけです。 それもはじめC型肝炎だの乳ガンだのと疑われてさんざんよ。 結局は脂肪肝と胆石という、典型的な生活習慣病に落ち着いています。 原因は太りすぎですから発病以後はダイエットしています。 でもこれはスタイルや美観のためのものではなく、純粋に治療目的です。 もともとダイエットというのは医学用語なんですよ。 わたしの場合代謝機能がやや弱いので、わりに厳しい摂生が必要ですが、一作でも多く小説を書いて死のうと思っているので、まあ何とか貫徹してきています。 容姿のためのダイエットと比べて比較にならないほど楽です。 |
Q |
あなたの場合はダイエットが人生の目的ではないと気がついたケースだけれど、女性の中には若い人はいうに及ばず、 いくつになっても女でいたい、きれいといわれたい、男女を問わず注目されたい、恋をしたいという人は結構多いと思いますが。 現にクレージュとかアニエスベーとかいう若い人のブランドで、全身をコーディネートしている、痩せてはいるけれど確実に中高年という女性を目にすることがありますよ。 こういう点についてはどう思う? |
和 |
その人その人の価値観だからかまわないとは思いますが、心は修羅の暗闇だと思う。 だって体型の維持って大変ですからね。むちゃくちゃ努力していて、相応に疲れている。 でも最大のメリットは自分がまだ若いと思えること。 たしかに今痩せていさえすれば若くて美しい、という神話がこの国にはありますよ。 ファッション雑誌に掲載されたり、アイドルが身につけたものと同じものがばか売れするのは、モデルもアイドルも痩せているからです。 アイドル、モデル、痩せてる自分自身とが一体化して、安心できる、誰にも虐められない、群れられる世界が構築されているんです。 太っていたらこの世界に入れてもらえない。アイドルたちと一体化できない。 それでみんな痩せたがるのでしょう。ただその思いが30代の主婦から中高年にまで及んでいるのは、ちょっとショックですね。 |
Q |
女性の自立をめぐる過渡期の現象とは考えられない? |
和 |
アメリカでは男性でも太っていては出世できないといわれています。 たしかに女性でも見かけのいい方が得ではある。 ただね、女性の社会進出が進み、育児、家事がいくら将来伴侶の男性と完全分担制になるだろうといっても、本来ある母性と関係して女性の家庭への関与は多い。 としてみるとさらに加えて痩せておしゃれな女性であり続けるのは、無理があるように思います。 極端に痩せていなくてもすてきな女性になれる、年相応のおしゃれは痩身ではないというような流れに移行していかないと、日本の女性の社会進出は挫折する恐れがあると思う。 できる女性は必ずしも痩せている必要がない、このくらいの気概を持つようにならないと。 そもそも痩身願望はアイデンティテイを持たない若い女性たち特有の幼稚なもので、群れるための手段にすぎないのですから。 |
Q |
痩せたいと思うより自分の未熟さ、コンプレックスを深いところで見つめてほしいわね。 |
和 |
とはいえこんなこともこの年だからいえることですよ。 見方を変えればダイエットに象徴されるおのが肉体のコントロールこそ、若い女性たちの自立の萌芽だともいえる。 こればかりは親も介入できない、純粋な個の問題ですから。 ここで問題はダイエットに淫しないで、強い意志力としてダイエットを人格の一部にとりこむことだと思う。ダイエットも心身のバランス感覚の一環として機能させてほしい。 まさにダイエットは目的ではなく、目先の手段でもなく、納得できる人生の一部なのだと思います。 |
| 終幕 | |
